障害者の性:セックスボランティア(性介護)は射精介護だけでいいのだろうか



シンママナースの マリアンナ です。

 

障害者だって性欲があって当たり前。障害者の性介護「セックスボランティア」が少しずつ普及してきました。この記事は障害者の性とその性介護サービス、考えられる問題や課題についてまとめています。女性の性サービスはあるのか?障害者への性介助は、射精介助だけでいいのか?

 



知的障害者・身体障害者の性欲処理ってどうなっているのか。

看護学生のとき、新聞に小さくのっていたニュースが印象的でした。「障害者の性処理介護サービス」が出てきたことです。

でもそういった情報を見て初めて、ハっとしました。性とは確かに人間の文化だし、女性でも男性でも性はすごく人生を充実させるのに重要なものだと思いじはじめていたので。看護学校では「性」について深く勉強させられる講義があるんですよ、「リプロダクティブヘルス(性と生殖に関する健康・権利)」とか母性の授業だったかな?リプロダクティブヘルスの定義は「性と生殖の健康と権利について」のサイトにわかりやすく書かれていました。以下抜粋。

リプロダクティブ・ヘルスは、人間の生殖システムおよびその機能と活動過程のすべての側面において、単に疾病、障害がないというばかりでなく、身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態にあることを指します。したがって、リプロダクティブ・ヘルスは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を持ち、子どもを持つか持たないか、いつ持つか、何人持つかを決める自由をもつことを意味します。

看護学校に行くまでは「性」っていえば卑猥な、一般用語でいう「エロい」とかそういう、あまり公の場でいうようなものではないと思ってました。でもリプロダクティブヘルスの定義を含む様々な性のあり方を学ぶうち、性処理を含む性とは、人の人生を豊かにするような、素晴らしいものなんだなーと思うようになっていたときだったんです。

 

そうなってくると疑問に思うのが、「障害者の性」

身体障碍者、知的障碍者の場合でも、からだが大人になれば生殖器も成長するから性欲が出るのは自然なことで。それって今思えばどうやって処理してるんだ??疑問に思ったときに障害者の性処理介護サービス「ホワイトハンズ」さんの記事でした

 



障害者の性処理介護サービス「ホワイトハンズ」

ホワイトハンズさんは男性重度身体障害者のための「射精介助」を介護サービスとして提供しています。わかりやすくまとめた動画があります。

 

こういったサービスって、本当はもっと前からニーズがあったんだろうけど。障害者の性っていうだけで、なんかネガティブな感じあったのか。障害者の性サービスってなかったですよね。こういったサービスが出てきたことは本当に良かったと思います。

 

 

やっぱり親になると、いろいろなことを考えるようになりますね。時々テレビで重度障碍者の成人男性を見ると、「このひとが自分の息子だったら」っていう視点でものを考えるようになりました。重度障害者の性処理(すなわち射精処理)を、母親がしているということが書かれた記事を読んだことがあります。自分の息子の射精を手伝う。一般的な母親だったら、絶対あり得ないことですよね。でもそのお母さんは息子を思うゆえ、そういった行動をとられたんだろうと思います。健康だったら年頃の息子、射精は本来自分でできる年齢です。そして、性欲が一番盛んな年齢でもある。息子の体や年齢のことを考慮して、決断したことでしょうね。たぶん、わたしも年頃の息子が同じような状態になり、長期にわたって障害を持つなら、同じことをすると思います。でも同時に、できれば母親という立場で息子の性処理はしたくないのが本心です。倫理的にもそうだし、息子の人権もあるから。

重度障害がある息子さんを持つご両親にとって、こういった産業がもっと活性化するのは素晴らしいことじゃないでしょうか。

 

でもこういった性介護サービスが普及してほしいと思う反面、健康な性の在り方を考えると、ただ性処理だけにとどまるものではない気もします。

 



「性」とは人間が人間として生きていく上で、必要な三大欲求。でも一番大切なことは性処理じゃない

性とは、人間が人間らしく、人生の質をあげるためにもとても大切な文化のひとつであることは、リプロダクティブ・ヘルスの定義にも書かれています。人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができる。性産業が世の中になかったり、性行為が自由にできる環境になければ、性犯罪はもっと増えると思います。だから性生活が自由に営めるって大切だと思う。障害者のひとだって、平等に性生活を送る権利がある。確かにここまでは論理的で、倫理にかなった判断なのかもしれない。

 

 

だけど、ホワイトハンズさんの動画のコメントに、とっても気になるコメントがありました。そしてそのコメントにとても心をうたれているので、ぜひこの一文を読んでもらいたい。

kane kure

以前デリヘルの雇われ店長をしておりましたが、障害者のお客さん結構おられました。自身で電話される方、ヘルパーの方が代わりに掛けてくる、両方のケースが有りました。あの業界では、ご批判は覚悟で申しますが、仲の良い同業達も私にも美味しいお客さんでした。手堅いし、無茶してこない(できない)、裏で女の子が個人的に営業かけにくい、ストーカーになり得ない等々お客さんとしては満点です。店の子の中には抵抗ある子と喜んでいく子二通り有りました。前者はまだ経験も浅く若い子が多く、進んでいく子は百戦錬磨とでもいいますか(笑)そういった子や年齢が比較的上で、元看護婦の人なんかも自分で営業かけてましたね。経験の浅い子も後に行くようになるのですが、それは言い方悪いですが肉体的に圧倒的に楽なことに気づくからです。また無礼を承知で申しますがお年寄りのお客さんも同じです。彼女達の話を聞いたかぎりでは、これよりはさすがにマシなサービスです。手袋に洗面器・・・・まるで患部に触れるようだ・・・どうなんでしょうねぇ?エンジェルとして見るのもどうかと思いますが、強引な現実の押し付けもどうかと思います。もし本当に彼らを想うなら「裸で人のぬくもりを感じさせてあげる」のが筋では?むしろ「出してあげる」事よりそちらのほうが百倍大事な気がします。

 

 

どうも彼はデリヘルの元店長。性産業の方です。デリヘルに障害者のお客さんがいたっていうのは、昔から障碍者にも性のニーズがあったことがうかがえますが。気になるのは最後の一文。

もし本当に彼らを想うなら「裸で人のぬくもりを感じさせてあげる」のが筋では?むしろ「出してあげる」事よりそちらのほうが百倍大事な気がします

 

目から鱗の一文、彼の言ってることは確かに一番倫理的で、人権を意識しているような気がしました。

 

裸で人のぬくもりを感じさせてあげる」。確かに、障害者の多くのひとが「裸で人のぬくもりを感じる」ことがないまま人生をおえることがほとんどでしょう。この体験がないまま人生を終えるのはなんだか寂し気もします。誰だって恋人ができたりして、そういった経験って大人になってもするもんですから。そう考えると、ただ射精行為を手伝うだけの介助ではなくって、障害者だってデリヘルみたいな性サービスを受けられるような環境が必要なんじゃないかって思うんですよ。だって、健常者の男性は、自分の意思で、そういった性サービス(デリヘルとかの性サービス)を受けに行くことが出来るじゃないですか。

 

 

 

障害者にも平等に性生活を営める権利はある。でも、性生活とは、射精することが「性」なのか?

リプロダクティブヘルスで定義される性とは、誰もが平等に健康的な性生活を営めることを定義してます。

でも健康的な性ってなんだ???

射精することで、健康的な性は守られるのか??

 

誰でも交際する(もしくは結婚する)相手と、手をつないだり、抱き合ったり、裸でくっついていたり、キスをしたり、これらも互いに信頼関係があるなら立派な健康な性ではないのか。信頼する男女の間に子どもが生まれることも健康な性と生殖の範疇。

じゃあ、射精だけで障害者の健康的な性が守られたことになるのか??

 

性って奥が深い。なかなかこれって言う答えもない。でもデリヘルの店長がいう、

もし本当に彼らを想うなら「裸で人のぬくもりを感じさせてあげる」のが筋では?むしろ「出してあげる」事よりそちらのほうが百倍大事な気がします。

っていうのが、もっと実社会で実現できていけばいいなーと思いますね。

 



女性障害者にも性欲がある。これからの介護社会の大きな課題

小山内 美智子著者の「車椅子で夜明けのコーヒー障害者の性」には、女性障害者視点から見た性について書かれています。小山内 美智子さんは知的障害はないものの、身体障碍者であり、重度障害を持たれている方です。女性障害者という視点からここまで赤裸々に性について書いてくれるひとは、この人以外そうそういないんじゃないかなーって思うくらい、率直に性の欲求を書いてくれています。

車いすで夜明けのコーヒー

 

わたしだって愛されたい。わたしだって女なんです。キスされたりしたい。みたいな感じのことがたくさん書いてあります。なかなか今まで表現化されてこなかった女性障害者の性の欲求を、具体化してくれた本です。

 

 

ホワイトハンズさんのHPには、女性障害者に対するケアは行わないのですか?っていう質問が書かれていました。その解答が以下。

 

 ホワイトハンズに寄せられる提案や批判の中で最も多いものが、「女性障害者向けのケアはやらないのですか?」というものです。
しかし、「では、女性障害者には、どのようなケアが必要だと、あなたは考えるのですか?障害の種別ごとに、具体的に教えてください」
 と質問すると、誰も答えられません。
つまり、ほとんどの人は、そもそも「女性障害者」にどのような人たちがいて、どのようなニーズや悩みを抱えているのかを全く知らずに
「男性のケアをしているんだから、女性にもケアをすべき」という単純な発想で、批判しているにすぎません。
ホワイトハンズでも、女性向けの性機能ケアサービスを開発するために、サービス開始以来、女性のケアモニターの募集を、継続的に行っています。
しかし、女性障害者からの応募はほぼ皆無で、問い合わせ自体も、数えるほどしか来ていない、というのが現状です。
女性の場合、「射精」という分かりやすい基準のある男性とは異なり、
「何を、どこまで、どのように行えば、それはケアと言えるのか」という問題があります。
それに加えて、当事者である女性障害者からのニーズやリクエストも全く出てこないので、ケアの基準を設定しにくいのです。
「当事者の声が無い」ということは、声を出せないほど苦しみが大きい、と解釈することもできますが、
反対に、当事者は特に苦しんでおらず、周りが勝手に騒いでいるだけ、と解釈することもできます。
 当事者でない人が、勝手に当事者の声を代弁してはいけません。
女性障害者の性に関しては、妊娠や出産の支援、性暴力被害の防止の方が、優先順位の高い問題だと考えます。

ホワイトハンズさんの女性障害者に対する性サービスの提供に対する考えは倫理的で、かつ社会的な問題やリスクもしっかり考えた解答だと思う。やはり経営者の判断ってすごい思った。

だけど、小山内 美智子さんのように、女性障害者でありながら、率直に性に対して要望を持っておられる、またそれを表現しているひともいる。でも女性障害者への性サービスの普及って確かに難しいですもんね。

 

女性障害者への性サービスも、何か発展していってほしいなーと思いますが。現実は難しい。

 



セックスボランティアは介護に必要。でも障害者へのもうひとつ踏み込んだ性サービスニーズの配慮も必要

セックスボランティが普及するのはある意味、健常者が受ける性サービスでは考えられないくらい安い値段で、性介助を受けられることは良いとは思う。

でも実際、「平等で健康的な性生活」っていう、障害者への平等な性生活の在り方を考えると、やっぱり風俗産業が提供するような、人と人が裸で触れ合うようなサービスも受けれる環境を作ってあげてほしい気もする。健常者であれば恋人とか自分の子どもとか、当たり前に抱き合ったり、人と触れ合う環境があるけど、障害者のひとっていうのは、やはり比較的そういった機会が健常者より少ない。性欲の処理をするだけが健康的な性の在り方とは限らない。

極端な話、平等とか人権とかすごく難しいところで考えても、元デリヘルの店長のコメントは適切なんだと思うんですよ。

もし本当に彼らを想うなら「裸で人のぬくもりを感じさせてあげる」のが筋では?むしろ「出してあげる」事よりそちらのほうが百倍大事な気がします。

 

 

 

当たり前のことなんですが、ただ性行為だけでなく、例えば頭をなでる、手をつなぐ、抱きしめるとかいった、一般用語でいえば「イチャイチャする」みたいな行為も立派な性行為であり、またそれも健康的な性の在り方だと思うので。むしろそちらのほうが、ただ性欲を満たす性行為よりも、人とのつながりを感じるニーズは満たされるような気がします。成人男性だって、みんな風俗いきますもんね。あれはあれで、きっと男性にとってすごく需要があって必要であるから、その産業がずっと続いているんであって。

 

小さいとき母親や父親にしてもらったようなこと、「手をつなぐ」「抱きしめる」「軽くおでこにキスをする」・・そんな当たり前のボディタッチ、スキンシップで、すごく満たされたことってないですか?

成長ともにそういったニーズは恋人へシフトしていくけど。障害者のひとってなかなか恋愛する機会も持てない。だから、そういった肌のふれあいっていうニーズを満たすサービスを、障害者がもっとうけやすい環境を作ってあげてほしい。今の社会でいえばそれが風俗産業ですね。訪問介護に、デリヘルの依頼をしてもらうとか、そういったのでもいいから。障害者のひとは、電話だって自分でできないひとがいるから。

 

 

健常者である男性が当たり前に自分で満たせるニーズ、例えば「今日風俗いきたいなー、よし!いこう!」みたいなのを、障害者のひとができてもいいと思う。日本は進んでいる国に比べて、障害者への配慮や環境整備が40年くらい遅れてるんだって。遅すぎだろ。

 

そういった面もバリアフリーの発展も、もっとしていくといいなーと思った今日この頃。