シンママナースの マリアンナ です。
シングルマザーの筆者が考える、母子家庭でも避けられない父の日への思いや父親の存在を説明するタイミング、父親役の必要性等についてのコラムです。
シングルマザーの子育ての壁:父親の存在
わたしがシングルマザーになってから、頭を悩ませたひとつは「父親の存在」です。
経済的なことは自分ががんばればなんとかなるし、子どもが寂しくないよう子どもとの時間を工夫して作ることもできる。父親がするようなからだを張った遊びもがんばりました。でも、父親の存在そのものにはなれないんですよね、母親は結局母親なんです。どれだけ母親が父親の話に触れないようにしても、テレビをつければ子と父のドラマやCM、教育テレビだって、パパがでてきます。結局母子家庭である以上、父親の存在は大きな壁になりますし、避けることはできません。
母子家庭でも避けられない父の日イベント、残酷なんですけど
父親がいない母子家庭だからこそ、子どもには父親の話は触れないようにしても、結局保育園や幼稚園、学校にいけばまわりに父親がいるので、子ども自身が父親の存在という壁にぶつかるようになるんです。
何より残酷なのが「父の日」。もうほんと、これですよ、これ。父の日は母子家庭の敵であり、地獄の一日ですよね。(笑)なんて言いすぎか。子どもがある程度大きくなって、離婚とか未婚とかの意味もわかって受け入れられるような年齢ならまだしも。幼児とか学童期とかいわゆるまだお父さんが恋しい年齢のときに限って、小学校とか保育園、幼稚園って、父の日イベントをするんですよね、父の日ならではのプレゼント作ったり手紙書いたりとか。手紙とかマジでやめてくれ~。ってなります。
そんなこと言い出せば世の中シングルファザーだっているんだし、両親がいない子どもだっているんだから、きりがないんだけどね。
世の中の健全な家庭の基準がそもそも「父親と母親の両親がいる」ことが前提だから、どうしても健全な家族のイメージは「パパとママがいる」っていう風になっちゃうんですよね、子ども達のなかでも。だからそれに基準を合わせた行事やメディアも多いわけで。さわやかな洗剤のCMとかお料理のCMって、結構パパと子どもが出演するの、多いですよね。
そういうのを子どもがみていくわけだから、「なんでうちにはパパっていう存在がいないんだ」って疑問に思って当然なんです。まるで自分の家庭だけがひとと違うような気持ちになっちゃうんですよ。
まぁ、シングルマザーになるとこういった自分の家庭と、一般家庭とのギャップにも悩まされたりします。
そもそも子育てに父親が必要なのか?
パパがいないことをたくさん悩みました。ひとつだけいきづいた答えがあります。
「パパがいるから立派な子どもに育つ保障もなければ、パパがいないから悪い人間に育つわけでもない」
これはわたしのモチベーションになっています。つまり、子育ては育てるひと次第。父親がいるとかいないとか、環境だけの問題ではないんです。
父親がいたほうがいいことは発達心理学等の学問でも明らかにされていて、いろんな教育や心理学の世界でも論文で証明されています。
やはり子どもにとって子どもの父親がいたほうがいい、これは事実です。
でも結局理論は理論。
世の中には立派な父親がいても、警察につかまったり、自立できずに親のすねをかじって生きていたり、ろくでもないことばっかりしているようなやつはごまんといます。
なのに、たとえ女手一つで育てられた子でも、立派に生きているこはたくさんいます。立派な職業に就くひとだっています。歴史に残るようなひともいます。
一時は大阪府知事まで登りつめた橋下徹さんだって、生い立ちは母子家庭の育ちで、決して裕福な家庭で育ったわけでも、恵まれた環境で育ったわけでもありませんが、
若くしてひとつの都道府県の頂点にたったわけです。政治家という職業柄、彼のことを批判するひともたくさんいますが、何年努力しても橋下徹さんがしたことは誰でもできるようなことではありません。彼は自分でしっかりお金を稼いでいるし、それで家族を養っています。簡単にはなれないような職業につき、自分の仕事を全うされています。わたしは彼をみてると、いつもすごいなーって関心させられちゃうんですよね。
要は子育てはだれが育てようが、1人で育てようが、二人で育てようが関係なく、量より質なのかもしれません。
絶対父親が必要!母親が必要!とかではなくて、その子どもが育つに必要なものを順次準備されていればいいんだと思うんです。
母親がいないのなら、母親の代役となるような人を必要なときに、
父親がいないのなら、父親の代役となるような人を必要なときに。
もし必要なものが準備できないなら、代役だってかまわない。
要は最終的に子どもが一人の成人として、モラルある自立した大人になればいいわけですから。
そんでもって、くそみたいな父親ならいないほうがよっぽどマシですしね。(あ、愚痴です)
父親の存在がなくても父親役の存在は作れる
わたしの教育関連の愛読書「男の子を育てる」に、大好きな一文があります。その中の意味を解釈すると以下のような一文になります。
「父親がいなくても良いが、父親役を作りましょう。決して母親が誰かと交際したり、新しい夫と再婚しなければならないわけではありません。親戚でも、近所のお兄さんでも、学校の先生でもだれでもいいから、倫理観ある良い男性といつでも接せれる環境を作ることです。子どもは本来父親から「男とはどうあるべきか」学びます。父親がいなければ、男とはこういうものだ、という男のモデルとなるような父親役が有ればよいのです。」
シングルマザーのひとが、男の子を育てるコツが書いてありました。シングルマザーで男の子を育てている方なら、とてもオススメできる本です。
わたしはこの言葉にすごく励まされました。
父親がいなくても、代わりとなる「代役」で対応できること。
母子家庭だからって悲観的に思えたこの家庭環境を、ポジティブに捉えていけるようになりました。
父親がいることが重要なんではないんです。
父親がいない環境で、どのように子どもが前向きに生きていけるよう、親として環境や人間関係を作っていくか。
これが重要なんですよね。
パパはどこにいるの?父親について説明するタイミング
父親がいなくても、子育てできるんだぜ!みたいにでしゃばっていってみても、結局子どもに「パパはどこにいるの?」「パパと会いたいな」なんて言われると、しどろもどろになっているのはわたしです。
はい。
実際、シングルマザーの子育てで一番難しいのがこれです。
父親について、本当のことを説明するタイミング。
なんて難しいんでしょう。事実を説明するだけなのに。
自分の一言で子どもが深く傷ついてしまうかもしれない。
こんなナイーブな問題に、頭を抱えない母親なんていません。
一番父親が恋しいときに、父親がいないという事実を突きつけられたら、どうでしょうか。普通に傷つきますね。
父親がいないことを嘘をついたり、ごまかしたりしていくのもいいですが、バレたり事実を知ったときもっと傷つきます。
早く伝えるのがいいのか、遅く伝えるのがいいのか。
わたし自身母子家庭で育ったひとりの子どもだった立場から、結論をいうと、
結局事実をしって、子どもは何かしら思うものはあります(ときには傷つきます)。
わたしの場合は、母親が離婚したことを隠していたので、離婚をしったときはすごく傷つきました。
タンスの奥からこっそりでてきた戸籍謄本に書かれた「離婚」という文字。それを見てしまったのは小学校4年生のときでした。
父親は出張だと聞かされ続けた幼少期、お父さんと会いたくてずっと待っていました、いつか帰ってきてくれると思って。
でもそれは嘘だったんです。わたしを傷つけまいと思ってついた両親の嘘が、一番深く娘であるわたしの心を傷つけました。
始めて母親に罵声を浴びせて物を投げましたよ、「嘘つき!」って。今は思い返すと悪い事したなーって思いますけどね。
どの年齢で父親がいないことを説明されても、結局心になにか抱えることにはなるんです。
母子家庭でとても良い家庭環境をつくれたとしても、学童期や思春期は周囲との家庭との比較もあります。
結局は父親がいない事実を子どもは真正面から受け入れないといけないときがくるんです。
父親がいなくてハッピー♪なんて子どもそうそういませんから。(そうとうクソみたいな父親ならありえるかもしれないけど)
じゃあいつ、どのタイミングで父親がいない事実を説明するのがベストなのか。
むちゃくちゃな結論ですけど、
その子どもによってベストなときがベストなんです。
答えになってねーよ!ですよね。でもこれ本当です。
こどもがすごく非行に走っているときに、「あなたのお父さんは本当はいないのよ、別れたのよ」なんて言われたら、どうなりますか?余計非行行動がひどくなりますよ。
子どもが人間関係のトラブルとかで落ち込んで、死にたいと思っているときに「父親はいないよ」なんて説明されたら、ある意味自殺を助長するようなもんです。
でも、
おかあさんって、女手一つで一生懸命育ててくれてるんだなぁっておもうようになったときに、「父親がいない」ことを説明されても、ある程度受け入れられると思います。それでもよかったって思えるようになるんです。
まるで父親のように慕う親戚とか、母親の友人とかがいてまったく父親という存在を意識していないときに「父親がいない」事実を説明されても、そこまで精神的なダメージは負いません。まぁ別にいなくてもいいや、くらいに受け止められるんです。
その子どもにとって、父親がいないことを一番肯定的にうけいれられるであろうタイミング、
そのときが父親について説明するタイミングです。
じゃあそれはいつなの?
もうそれは観察するしかないです、それに尽きる。
そのためには母親がいつでも子どものコンディションを理解しておくことが必要です。
コミュニケーションをしっかりとって、子どもがなにを思っているのか、どう感じているのか、知っておく必要があります。
父親についてどう説明するか、言葉えらびなんて意識する必要はないと思います。
事実をソフトに、こどもが肯定的に受け入れやすい様、説明してあげたらいいんです。
ただ、悪口をいったり、父親を否定的に説明してはいけません。
たとえ母親にとっては別れた嫌いな男でも、子どもにとっては自分の出生ルーツでもある存在ですから。
なんて偉そうにいろいろ書きましたが、わたしもまだ子育て真っ最中のシングルマザーです。
父親の存在がないことは大きいけど、いずれは子どもはその事実を理解してくれるだろうと思っています。
子どもが一番その事実を受け入れられるであろうときまで、詳しく父親のことを説明するのはお預けする予定です。
明日は仕事だ。
ではこの辺で。
みなさんの子どもが素敵な大人に成長することを願って。