シンママナースの マリアンナ です。
この記事では妊娠に伴う女性ホルモンの変化を解説しています。
妊娠によるホルモンの変化
A. 主に胎盤から出るホルモン
胎盤は、蛋白ホルモン(hCGとhPL)とステロイドホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)を産生します。
1. hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
【主な働き】
hCGの主な働きは、妊娠初期では妊娠維持です。
また、甲状腺を刺激する作用があるため、母体は軽度の甲状腺機能亢進状態になります。
胎児には、胎児精巣に作用してテストステロン産生を促し、男児の性分化を促進します。
【hCGの変化】
妊娠黄体を刺激してエストロゲン、プロゲステロンを分泌させます。
妊娠10週で20万IU/Lで最高値となります。
妊娠12-15週頃になると、プロゲステロンの産生場所が胎盤に移り、妊娠黄体を刺激する必要がなくなるため減少していきます。
胎盤娩出にて激減し消失します。
【妊娠検査の指標】
妊娠すると一番初めに増加するのはhCGです。
妊娠4週頃になると、母体の尿中に現れるため、初期の妊娠判定に用いられています。
いわゆる妊娠検査薬はこのhCGを検出しています。
通常、hCGは非妊娠時や男性では分泌されません。
【絨毛性疾患の指標】
絨毛性疾患では、hCG値が上昇するため、重要な指標となります。
絨毛性疾患には、絨毛癌や胞状奇胎などがあります。
肉眼的に絨毛の嚢胞化が見られるものを胞状奇胎をいいます。
絨毛の嚢胞化の程度や胎芽(胎児)の有無によって全胞状奇胎と部分胞状奇胎に分けられます。
通常、hCGは妊娠10頃がピークでその後は低下しますが、胞状奇胎では、絨毛組織の異常増殖により正常妊娠に比べて高値となります。
まれに胞状奇胎でもhCG値が低値のこともあります。
《参考文献》
医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P35)
2. hPL(ヒト胎盤ラクトゲン)
【主な働き】
hPLの主な働きは、胎児の発育と成長を促進するために、胎児への栄養供給の調整を行います。
妊娠すると、妊婦の食後血糖値は非妊娠時に比べて上昇します。
これは、hPLなどによる抗インスリン作用によるもので、母体に取り込まれなかった余剰分の糖は胎児に送られて栄養となります。
妊娠末期には胎児の成長が著しいため、hPLは胎児に優先的にグルコースを送るために、母体の代謝を変化させます。そのために、母体のグルコース取り込みを抑える抗インスリン作用と、母体への栄養供給をするための脂質分解作用があります。
hPLは、母体が飢餓状態にあっても母体蓄積脂肪をエネルギー源として利用し、胎児への栄養供給を確保するためのいわば安全機構と考えられます。
【hPLの変化】
hPLは、胎盤の合胞体栄養膜細胞で産生されます。
妊娠5週には血中に検出できます。妊娠16週頃から妊娠末期に向けて急激に増加し、分娩によって激減します。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P36)
3. エストロゲン
【主な働き】
エストロゲンは、妊娠の維持と同時に分娩の準備をします。
妊娠の維持としては、子宮筋の弛緩、子宮筋の肥大、子宮血流量の増加などの働きがあります。
分娩の準備では、妊娠末期に頸管の熟化を促し、徐々に軟らかくして分娩に備えます。
【エストロゲンの変化】
エストロゲンは、ステロイドホルモンであり、エストロン(E₁)、エストラジオール(E₂)、エストリール(E₃)の総称です。
妊娠黄体から、妊娠7週以降は胎盤へと生産場所が変化します。
妊娠中増え続け、分娩を機に激減します。
【乳汁分泌に影響】
乳汁分泌に関しては、下垂体前葉からプロラクチンを産生させ、乳腺を肥大させて乳汁分泌の準備に取り掛かります。
しかし、乳腺組織のプロラクチン受容体を減少させて、妊娠中に乳汁が出ないように抑制します。
分娩によって、エストロゲンが減少して抑制がとれると、乳汁が分泌される仕組みになっています。
エストロゲンは妊娠を維持して出産を助けるけど、出産と同時に一気になくなってしまう。その代わり、エストロゲンがなくなることが合図になって、乳汁分泌が始まるんだね。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P36).
4. プロゲステロン
【主な働き】
プロゲステロンは、受精卵が着床しやすいように子宮内膜に作用し、妊娠の成立を促します。
【プロゲステロンの変化】
妊娠すると絨毛から分泌されるhCGの作用を受けて分泌し続け、妊娠8週頃からは主な産生場所は胎盤の絨毛に移行していきます。
妊娠15-16週頃の胎盤完成後から分娩までは、胎盤から分泌されて子宮環境を維持します。
このようにプロゲステロンは、エストロゲンと同じように妊娠の維持する働きがあります。
乳汁分泌の準備をし、妊娠中に乳汁が分泌しないように乳腺組織のプロラクチン受容体を減少させて、妊娠中の乳汁分泌を抑制をする働きもあります。
また、下垂体に作用し、黄体形成ホルモン(LH)の分泌を抑制して排卵させないようにします。
【妊娠中は月経が止まる理由】
性腺系の内分泌の生理的な変化が関係しています。
妊娠すると形成中の胎盤からhCGが分泌され、hCG は妊娠黄体を刺激し、エストロゲンとプロゲステロンの分泌を促進させます。
大量のエストロゲンとプロゲステロンは、下垂体に対してネガティブフィードバックし、LHとFSHの分泌を抑制します。LHとFSHの分泌が低下することによって排卵が抑制されます。
したがって、妊娠中は月経が止まり、新たな妊娠が起らないようになっています。
【プロゲステロン様々な影響】
妊娠の維持には様々なホルモンが関与しています。
中でもプロゲステロンは、様々な変化に関与しているため、プロゲステロンを軸に整理してみると下記のようになります。
① プロゲステロンの分泌が増加することによって、子宮の平滑筋を弛緩させ、胎児の成長に合わせて子宮が大きくなることが可能になります。
子宮以外の平滑筋も弛緩させてしまうことにより下記のことが起こります。
② 血管の拡張により、循環血液量が増加するにもかかわらず、血圧が正常、もしくはやや低下します。
③ 消化管の運動低下により、食物の通過時間が延長したり、便秘になったりします。
④ 尿路が拡張することによって、尿のうっ滞が起き、尿路感染症のリスクが上昇します。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P37, 44, 45).
B. 下垂体ホルモン
1. プロラクチン
【主な働き】
プロラクチンは、乳腺発育と乳汁分泌を担うホルモンです。
【プロラクチンの変化】
プロラクチンは、妊娠によって分泌が亢進します。
エストロゲンとプロラクチンは、乳腺発達に関してはプロラクチンと共同で促進させますが、エストロゲンは、乳汁分泌に関してはプロラクチンに対して抑制的に作用します。
このために、妊娠中はプロラクチン分泌が亢進していても乳汁分泌は起こりません。
分娩後、胎盤が娩出されてエストロゲンとプロゲステロンの血中濃度が一気に低下すると、乳汁分泌が開始される仕組みとなっています。
プロラクチン分泌のピークは妊娠末期ですが、プロラクチンサージといって授乳時の(児の乳頭の吸啜によって)瞬間的に上昇する現象が見られ、乳汁の分泌が促進されます。
【オキシトシン(Oxytocin:OT)も乳汁分泌に関係】
視床下部で産生され、下垂体後葉から分泌されるホルモンで、腺房の平滑筋に作用し、乳管内に乳汁を放出し、更に子宮復古を促します。
後陣痛を促進する作用があり、オキシトシン分泌が亢進する授乳時には、後陣痛が増強される。
特に経産婦や多胎妊娠の場合は、より強く後陣痛を感じると言われています。
オキシトシンは俗に「幸せホルモン」とも言われている。オキシトシンは多幸感をえることに深くかかわっているんだって。後陣痛は辛いけど、その代わり「幸せ」をちゃんと感じれるようになっているから、産後の痛みも乗り越えられるのかもしれないね。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P44, 308).
その他のホルモン変化
1. インスリン
【主な働き】
インスリンは、膵臓のランゲルハンス島という組織のβ細胞で作られる体内のホルモンの一つです。
血中のグルコースをエネルギーとして肝臓、筋、脂肪細胞などに取り込み、血糖理を下げる働きがあります。
【病態・生理】
食事によってグルコースが体内に入ってくると、胎盤性ホルモンの影響でインスリンが細胞内において作用しにくくなる状態(インスリン抵抗性)を引き起こし、母体はグルコースが取り込みにくくなります。
その分胎児にグルコースが供給されるようになります。
胎盤性ホルモンは、脂質の分解を促進させる働きがあります。
これによって、母体はグルコースが足りなくなった分のエネルギーを遊離脂肪酸やグリセロールで補えるようになります。
インスリン抵抗性によって母体のグルコースの取り込みが低下しているのに対して、母体の膵臓は取り込みを促進させようとインスリン分泌を亢進させようとします。
これによって高インスリン血症が生じます。
【妊娠糖尿病】
正常妊娠時には、特に妊娠後半期に生じるインスリン抵抗性増大とインスリン分泌亢進との均衡がほぼ取れており、その結果血漿グルコース濃度はほぼ正常範囲に維持されています。
特に妊娠20週以降には、hPLなどの胎盤性ホルモンが増加し、母体の筋、脂肪細胞に対してインスリン抵抗性が上がり始めることが分かっています。そのため、糖尿病合併妊婦は悪化しやすいのです。
妊娠中だけ耐糖能が低下するものを妊娠性糖尿といいます。(GDM:Gestational Diabetes Mellitus)
GDMの病態としては、この均衡が失 われた結果生じる相対的なインスリン欠乏状態と考えられます。
この妊娠後半期におけるインスリン抵抗性は、耐糖能正常女性では妊娠後半期の児発育にとって必要不可欠です。
一方、GDMの病態として、インスリン分泌が低いことが重要です。
したがって、同様に太っている女性でもインスリン分泌が良ければGDMを発症しません。また、インスリン分泌が低ければGDMを発症することになります。
当然痩せた女性でもインスリン分泌が低ければGDM発症のハイリスク因子となるのです。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P162, 163)
- 杉山 隆(2010)「糖代謝異常合併妊娠(クリニカルカンファレンス1 母体合併症 , 生涯研修プログラム , <特集>第62回日本産科婦人科学会生涯研修プログラム , 研修コーナー)
」,『日本産科婦人科学会雑誌』62(9), N-115 , 公益社団法人日本産科婦人科学会.
2. 甲状腺ホルモン
【主な働き】
甲状腺ホルモンは、胎児の発育(特に脳の発達)に重要なホルモンです。
【甲状腺ホルモンの変化】
母体の甲状腺ホルモンは胎盤を通過します。
胎児の甲状腺が機能し始める妊娠10ー12週頃まで母体の甲状腺ホルモンは胎児へ供給されます。
このため、妊娠初期に母体のFreeT₄(FT₄)が軽度上昇するのです。
また、胎盤からのTSH様作用を持つhCGなどにより、妊娠中は甲状腺は軽度肥大しており、甲状腺機能、基礎代謝は非妊娠時よりも亢進します。
しかし、甲状腺ホルモンの生理活性を失わせるサイロキシン結合グロブリン(TBG)も増加するため、甲状腺機能亢進症とはなりません。
《参考文献》
1. 医療情報科研究所編集(2009)『病気が見える』vol.10 産科(第2版)メディックメディア(P45)
hCGが妊娠黄体をキックして、エストロゲンとプロゲステロンが分泌される。hCGが妊娠の始まりの合図なんだね。